「イエス様の処刑」
Bible Reading (聖書の個所)ヨハネによる福音書19章1節から22節及び28節から30節
そこで、ピラトはイエスを捕らえ(連れて行き)、鞭で打たせた。兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、そばにやって来ては、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、平手で打った。ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。」ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」
ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、再び総督官邸の中に入って、「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。そこで、ピラトは言った。「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者(大祭司カイアファ)の罪はもっと重い。」そこで、ピラトはイエスを釈放しようと努めた。しかし、ユダヤ人たちは叫んだ。「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背(そむ)いています。」
ピラトは、これらの言葉を聞くと、イエスを外に連れ出し、ヘブライ語でガバタ、すなわち「敷石(しきいし)」という場所で、裁判の席に着かせた。それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった。ピラトがユダヤ人たちに、「見よ、あなたたちの王だ」と言うと、彼らは叫んだ。「殺せ。殺せ。十字架につけろ。」ピラトが、「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と言うと、祭司長たちは、「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えた。そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼ら(兵士たち)に引き渡した。
こうして、彼らはイエスを引き取った。イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。そこで、彼らはイエスを十字架につけた。また、イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして両側に、十字架につけた。ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と言った。しかし、ピラトは、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えた。
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この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇(かわ)く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸(す)いぶどう酒を満たした器(うつわ)が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂(た)れて息を引き取られた。
(注)
・ポンティオ・ピラト:ユダヤを管轄(かんかつ)するローマの総督です。赴任地(ふにんち)はカエサリア(地中海沿岸の都市)です。ただ、過越祭の時期は巡礼者で溢(あふ)れるエルサレムの治安を守るためにこの地に滞在したのです。在位は西暦26年から36年です。抑圧的で不正な人物であったと伝えられています。
・イエス様の釈放:ローマの慣習では死刑判決の後に囚人に「むち打ち」が行われていました。ピラトはすでにイエス様を鞭で打たせています(ヨハネ19:1)。イエス様の死刑は確定しているのです。ピラトの姿勢「イエスを釈放しようと努めた」あるいは「この男に罪を見いだせない」(ヨハネ19:6)はイエス様を支持する民衆への単なる「リップ・サービス」のように見えるのです。
・敷石:厳密な意味は不明です。しかも、ヘブライ語の「ガバタ」は「敷石」を表す言葉ではないのです。
・過越祭の準備の日:木曜日です。
・カイアファ:ユダヤ教の大祭司です。同時に政治的指導者なのです。最高議決機関(サンヘドリン)を取り仕切り、西暦18年から36年までの18年間職務に就(つ)いていました。イエス様に「わたしをピラトに引き渡した者の罪はもっと重い」と言われたのです。
・ユダヤ人たちは異邦人の家に入ると「汚れる」と考えていました。指導者たちはイエス様を総督の官邸に連行したのですが、ピラトとは外で話したのです。
・「渇(かわ)く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。:詩編69の22をお読みください
・神の国(天の国):死後に行く天国のことではないのです。この世の真っ只(ただ)中にあって、神様が真に崇(あが)められることです。キリスト信仰とはイエス様によって証された「神の国」-神様の支配-の到来を福音(良い知らせ)として信じることです。そして「神の国」の建設に参画することなのです。「救い」はこの世において最も重要な戒め-神様 と隣人を愛することーを実践することによって得られるのです。
(メッセージの要旨)
*大祭司カイアファア、律法学者たちやファリサイ派の人々はイエス様を十字架上で処刑させるために画策するのです。「救い主」(政治的解放者)の到来に歓喜する人々を失望させるために「無力な王」として刑死させるのです。十字架刑はローマが見せしめとして反逆者たちや凶悪犯たちに科した最も残忍な刑罰なのです。ユダヤ人歴史家ヨセフスは紀元前4年に反乱を起こしたユダヤ人2000人がエルサレムの近くでローマ軍によって処刑されたことを記録しています(ユダヤ戦記)。イエス様の時代の人々に悲惨な出来事として記憶されているのです。指導者たちはイエス様を「反乱を企てた者」として訴えているのです。ところが、ピラトは宗教上の問題として自分たちで裁くように命じたのです。律法には神様を冒涜(ぼうとく)する者に対する刑罰が定められています。「主の御名を呪(のろ)う者は死刑に処せられる。共同体全体が彼を石で打ち殺す。・・」(レビ記24:16)、「・・その預言者がわたしの命じていないことを、勝手にわたしの名によって語り、あるいは、他の神々の名によって語るならば、その預言者は死なねばならない」(申命記18:20)があります。指導者たちはイエス様を神様への冒涜の罪で殺すことが出来たのです。ところが、ローマ皇帝に敵対する「ユダヤ人の王」として殺させるのです。イエス様の死を「贖(あがな)いの供え物」として理解することは一面的です。イエス様の中心メッセージは「神の国」の到来です。人々に激しく悔い改めを迫ったのです。死は「神の国」の宣教がもたらした当然の帰結なのです。
*イエス様がゲツセマネで話しておられると12使徒の一人ユダが進み寄って来ました。祭司長、律法学者、長老たちが遣わした群衆も、剣や棒を持って一緒に来たのです。彼らはイエス様に手をかけて捕らえ、大祭司のところへ連れて行ったのです。カイアファがイエス様に「お前はほむべき方の子、メシアなのか」と尋(たず)ねると、「あなたたちは、人の子(イエス様)が全能の神の右に座り、天の雲に囲まれて来るのを見る」(ダニエル書7:13-14)と答えられたのです。出席者はイエス様を「神様への冒涜(ぼうとく)の罪」で死刑に処すべきであると決議したのです(マルコ14:43-64)。律法の規定に基づいて殺すことが出来るのです。ところが、夜が明けるとすぐ祭司長たちは長老や律法学者たちと共に最高法院で協議し、イエス様を縛(しば)って引いて行き、ピラトに渡したのです。彼ら自身は官邸に入らなかったのです。汚(けが)れないで過越の食事をするためでした。ピラトが出て来て「どういう罪でこの男を訴えるのか」、「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言うと、彼らは「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と反論したのです(ヨハネ18:28-31)。ピラトはイエス様にも「いったい何をしたのか」と尋問(じんもん)しています。「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く」と言われたのです。ローマへの反逆や強盗殺人のような罪は見つからなかったのです。イエス様を釈放しようとしたのです。
*大祭司たちは「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背いています」と非難してピラトを脅迫するのです。ピラトが「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と反論すると「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えたのです。ユダヤ教への背信行為です。指導者たちは自分たちの権威と既得権益を守るために「神様」さえも捨てるのです。謀略は成功したのです。イエス様は政治犯として処刑されるのです。「神の国」がこの世の権力者たちによって否定されたのです。犯罪人として処刑されるイエス様は余りにも惨(みじ)めでした。そこには生まれつき目が見えなかった者の目を開けた(ヨハネ9)、死んで四日も経ったザロを蘇らされた(ヨハネ11)時のような力強い「救い主」(解放者)としてのお姿はなかったのです。ローマ軍の兵士たちはイエス様を侮辱(ぶじょく)するのです。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ」と言ったのです(ルカ23:36-37)。イエス様は沈黙を貫かれるのです。すべてを神様に委(ゆだ)ねられたのです。自分を救えなかった「救い主」に失望した弟子たちが群れを去ったのです。熱狂的に支持した人々も離反したのです。パウロが言うように「十字架につけられたキリストはユダヤ人(たち)にとって『躓(つまず)きの石』となった・・」のです(1コリント1:23)。イエス様の宣教が挫折(ざせつ)したかのように見えるのです。神様は依り頼む者を見捨てられないのです。死後三日目にご自身の意思を明確にされるのです。
*イエス様の十字架の死を「罪の贖いの犠牲」として解釈することには飛躍(ひやく)があるのです。イエス様がご自身の生と死と復活を通して証された「神の国」-神様がすべての支配者であること-の福音(良い知らせ)はキリスト信仰の真髄です。人間の「全的な救い」として完成するのです。福音を「罪からの救い」に縮小してはならないのです。イエス様も十字架の死において初めて「救い」がもたらされるとは考えておられなかったのです。四福音書の記者が全精力を集中してこの事実を伝えているように、神様はイエス様を通して天上と地上において主権者(支配者)であることを宣言されたのです。新しい天地創造の完成―この世の終わり―に先立ってイエス様を遣わされたのです。すべての人に「悔い改め」の機会を与えられたのです。イエス様も「わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている」と明言しておられるのです(ヨハネ5:24)。「愛の観点」から律法を解釈し、人々の病を癒(いや)し、罪を赦(ゆる)されたのです。律法の厳格な順守を基本とする指導者たちとの間に対立が生じたのです。「神の国」-神様による正義と愛の実現-の到来は指導者たちの偽善と不正への告発となったのです。地位や既得権益に執着する権力者たちはイエス様をこの世から抹殺するのです。キリスト信仰を標榜(ひょうぼう)する人は社会の現実に無関心であってはならないのです。御跡を辿(たど)るのです。「神の国」の建設に参画して信仰を証しするのです。
*イエス様は罪状書きにあるように「ユダヤ人の王」(政治犯)として処刑されたのです(マルコ15:26)。政治的謀略によって殺されたのです。旧約聖書は神殿政治の中枢を担う指導者たちが民衆を抑圧し、搾取してきた歴史を伝えています(エゼキエル書34)。イエス様の時代においても強大なローマが弱小のユダヤ民族を武力で支配しているのです。イエス様が宣教された「神の国」の到来は貧しい人々や虐(しいた)げられた人々にとって福音となったのです。ところが、キリスト教各派の多くはイエス様の十字架上の刑死が神様の永遠の計画の中にあらかじめ定められた「救いの御業」であることを強調しているのです。キリスト信仰を歴史的事実の中に位置づけて解釈することがほとんど行われていないのです。福音が「霊的な救い(天の国籍の付与)」に限定されているのです。新約聖書において「神の国」の福音が具体的事実によって伝えられているのです。イエス様が「中風(ちゅうぶ)の人」を癒(いや)されたこと(マルコ2:1-12)、「罪深い女性」の罪を赦(ゆる)されたこと(ルカ7:36-50)、神殿政治の不正と腐敗を告発されたこと(マタイ21:12-14)などがその例です。イエス様は社会的、政治的、経済的な問題に深く関与されたのです。ご自身の立場を明確にされたのです。社会の中で最も小さい人々の側に立たれたのです。それ故に、権力者たちから迫害されたのです。「神様の御心」を実現するために十字架刑さえ回避されなかったのです(マルコ14:36)。イエス様は真に苦難の僕となられたのです。