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洗礼者ヨハネが捕らえられた後、イエス様はガリラヤ地方へ行き、福音(良い知らせ)を宣べ伝えて「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われたのです(マルコ1:14-15)。イエス様は復活された後も、使徒たちに「神の国」について話されたのです(使徒1:3)。キリスト信仰の中心メッセージは「神の国」-神様の支配-にあるのです。

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「初代教会の試練と福音宣教」

Bible Reading (聖書の個所)使徒言行録6章1節から15節及び7章51節から60節

そのころ、弟子の数が増えてきて、ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。それは、日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられていたからである。そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない(帳簿を付けるのは正しくない)。それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします。」一同はこの提案に賛成し、信仰と聖霊に満ちている人ステファノと、ほかにフィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで、使徒たちの前に立たせた。使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた。こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った。

さて、ステファノは恵みと力に満ち、すばらしい不思議な業としるしを民衆の間で行っていた。ところが、キレネとアレクサンドリアの出身者で、いわゆる「解放された奴隷の会堂」に属する人々、またキリキア州とアジア州出身の人々などのある者たちが立ち上がり、ステファノと議論した。しかし、彼が知恵と“霊”とによって語るので、歯が立たなかった。そこで、彼らは人々を唆(そそのか)して、「わたしたちは、あの男がモーセと神を冒涜する言葉を吐くのを聞いた」と言わせた。また、民衆、長老たち、律法学者たちを扇動して、ステファノを襲って捕らえ、最高法院に引いて行った。そして、偽証人を立てて、次のように訴えさせた。「この男は、この聖なる場所と律法をけなして、一向にやめようとしません。わたしたちは、彼がこう言っているのを聞いています。『あのナザレの人イエスは、この場所を破壊し、モーセが我々に伝えた慣習を変えるだろう。』」最高法院の席に着いていた者は皆、ステファノに注目したが、その顔はさながら天使の顔のように見えた。

・・・・・(ステファノの説教)

かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖が逆らったように、あなたがたもそうしているのです。いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを預言した人々を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった。天使たちを通して律法を受けた者なのに(天使たちに任命された者のように律法を受けたのに)、それ(律法)を守りませんでした。」

人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。

(注)

・ギリシヤ語を話すユダヤ人:外国に住んでいたユダヤ人、すなわちディアスプラです。彼らはヘブライ語をほとんど話せなかったのです。文化や生活習慣の違いもあって、もともとエルサレムに住んでいるユダヤ人たちとの間に確執があったのです。

・評判の良い七人:ステファノ、フィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、二コラオはすべてギリシヤ名です。二コラオはアンティオキア出身の改宗者(異教徒からユダヤ教へ改宗者)として紹介されています。他の六人はユダヤ人の家に生まれたことを推測させるのです。以後、使徒言行録にステファノとフィリポ以外は登場しないのです。

・アンティオキア:シリアにある重要な都市です。現在はトルコ領です。

・手を置く:神様が命じられた職務に任じる儀式です。民数記27:18-20を参照して下さい。

・ステファノを告発する人々:アフリカにあるキレネ(リビア)とアレクサンドリア(エジプト)の出身者でいわゆる「解放された奴隷の会堂」に属する人々、また小アジア(トルコ)にあるキリキア州とアジア州の出身者たちです。彼らはエルサレムに移って来たディアスポラ(かつて外国に住んでいたユダヤ人)あるいはユダヤ教への改宗者です。律法と伝統を厳格に遵守(じゅんしゅ)しているのです。

 

・解放された奴隷の会堂:アフリカのキレネやアレクサンドリア出身の解放された奴隷たちが属するユダヤ教の会堂です。ただ、「奴隷の定義」については注意が必要です。

・ガザ:エルサレムから西へ77kmです。

・アゾト:地中海沿岸の町「ガザ」の北35kmにあります。

・カイサリア:ローマ帝国の総督府がありました。異邦人が多く住む要衝の地です。

・ガマリエルの言葉:キリスト信仰に関して指導者たちに次のように助言しています。「・・あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ」(使徒5:38-39)。

・ステファノの説教:ユダヤ人たちの反抗の歴史を旧約聖書によって証明しています。使徒言行録7:1-50です。機会がありましたらぜひお読み下さい。

(メッセージの要旨)

*聖霊様に導かれたステファノは旧約聖書に従ってイスラエルの歴史を振り返ったのです。歴代のユダヤ人たちは神様が召命されたモーセや他の預言者たちに反抗したのです。カイアファに代表される指導者たちも神様の独り子イエス様を処刑させたのです。エルサレムにおいて前代未聞のことが起こっているのです。使徒たちやステファノのような普通のユダヤ人が大祭司たちを罪人として告発しているのです。聖霊様はステファノに「力」を与えられたのです。この人は処刑されることを覚悟してイエス・キリストを証ししたのです。最初の殉教者(じゅんきょうしゃ)となったのです。エルサレムの教会への迫害は続くのです。しかし、激しい弾圧が宣教への新たな扉を開くことになるのです。使徒たちやステファノによる生命を賭(と)した宣教活動は受け継がれ、ユダヤ教の枠(わく)を越えてローマ帝国内に広がっているのです。キリスト信仰がすべての異邦人へ届けられることになるのです。フィリポがサマリアの町-ユダヤ人が交際を拒否した人々が住む町―に下って行き福音を告げ知らせたのです。ペトロとヨハネがそこに派遣されたのです。二人がサマリアの信徒たちに手を置くとこれらの人に聖霊様が降ったのです。フィリポはガザへ向かう途中でエチオピア(アフリカ)の高官に出会い、洗礼を授けたのです。地中海沿岸の町アゾトなどを巡りながらカイサリアまで宣教したのです。イエス様のお言葉「エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」が実現しているのです(使徒1:8)。

*聖霊様の降臨(五旬祭=ペンテコステ)の後、神様は小さな群れを祝福されました。信徒の数は着実に増えたのです。信徒たちの中には一人も貧しい人がいなかったのです。土地や家を持っている人が皆、それらを売っては代金を持ち寄り使徒たちの足もとに置いたのです。集まったお金は必要に応じておのおのに分配されました(使徒4:34-35)。しかし、組織が拡大するにつれて様々な問題が起こったのです。アナニヤとサフィラの夫婦が献金の額を偽って申告したのです。ペトロは「売らないでおけば、あなたのものだったし、また、売ってもその代金は自分の思いどおりになったのではないか。・・あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ」と非難したのです。アナニヤは直ちに息が絶えたのです。すぐ後に、妻サフィラも死んで夫のそばに葬られたのです。ギリシヤ語を話すユダヤ人たちからヘブライ語を話すユダヤ人たちに苦情が出たのです。ヘブライ語を話すユダヤ人たちが日々の分配においてギリシヤ語を話すやもめたちを軽んじていたからです。女性の自立を認めないユダヤ教の伝統を順守するユダヤ人たちが彼女たちの受け取り分(金額)を少なくしていたのです。理想的な信仰共同体を構築することの難しさが明らかになったのです。使徒たちは決断したのです。自分たちは危険を伴う宣教活動に専念するのです。“霊”と知恵に満ちたギリシヤ語を話す七人に貧しい人々の世話をさせるのです。果たして、神様の言葉はますます広まったのです。弟子の数はエルサレムで非常に増え、ユダヤ教の祭司も大勢この信仰に入ったのです。

*大祭司や議員たちはイエス様を処刑させた後、使徒たちにも迫害の手を伸ばしたのです。彼らを捕らえ、最高法院で取り調べを行ったのです。使徒たちは逆にイエス様の処刑に関する指導者たちの責任を追及したのです。大祭司たちは使徒たちを殺そうとしたのですが、民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエルの言葉を受け入れて鞭打ちのみで釈放したのです。ユダヤ教の影響下にあった祭司たちにもキリスト信仰が浸透しているのです。指導者たちは危機感を持ったのです。恵みと力に満ち、不思議な業としるしを行っていたステファノを標的にしたのです。民衆、長老たち、律法学者たちを扇動してステファノを逮捕させたのです。ところが、尋問の席でステファノは旧約聖書に基づいて指導者たちの罪を告発しているのです。例を挙げています。エジプトの国から解放された民は堕落し、金の子牛を造り礼拝したのです。神様は偶像礼拝に参加した三千人の民を打たれたのです。イスラエルの民を「かたくな民」と呼ばれたのです(出エジプト記33:3,5)。偉大な預言者イザヤは「イスラエルの民は背いて聖なる霊を悲しませたので、神様の敵となった」と明言しているのです(イザヤ書63:10)。預言者エレミヤは「彼ら(イスラエルの民)の耳は無割礼で・・主の言葉が彼らに臨んでもそれを侮(あなど)り、受け入れようとしない」と非難したのです(エレミヤ書6:10)。これらを聞いて人々は激しく怒ったのです。ステファノに向かって一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げて殺したのです。

*イエス様は最高法院で大祭司に「ご自身がメシアであること」、「人の子が全能の神の右に座り、天の雲に囲まれて来ること」を宣言されたのです(マルコ14:62)。使徒たちも「神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために,この方(イエス様)を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました」と証言したのです(使徒5:31)。聖霊様に満たされたステファノは「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言ったのです。キリスト信仰がユダヤ教との深刻な対立を招いているのです。指導者たちはイエス様を処刑させたのです。使徒たちをも迫害するのです。ペトロとヨハネは逮捕され最高法院で二回も取り調べを受けたのです。しかし、ステファノの過激な証しは指導者たちの怒りを増幅させたのです。処刑後に、エルサレムの教会に対して容赦のない迫害を実行したのです。使徒たちの他は皆ユダヤとサマリアの地方に逃げたのです。ヘブライ語を話す使徒たちはユダヤ教の慣習を守っていたこともあり迫害を免れたのです。ステファノの遺体を埋葬(まいそう)することは危険でした。犯罪人の埋葬は律法で禁じられていたからです。ステファノの死を悲しんだ信仰心の篤い人々が勇気を奮って遺体を埋葬したのです。イエス様のご遺体を埋葬した議員のアリマタヤのヨセフやニコデモを想起させるのです(ヨハネ19:38-42)。一方、ステファノの殺害に賛成していたサウロ(後のパウロ)は家から家へと押し入って教会を荒らしていたのです。男女を問わずキリストの信徒たちを牢に送っていたのです。

*初代教会は律法を厳格に守り寡婦(かふ)や孤児などの貧しい人々を大切にし、食べ物や日用品を必要に応じて分配していたのです(申命記27:19)。ところが、仲間が増えるに従って信徒たちの間に不満が生じたのです。公平を維持するためにギリシヤ語に堪能な世話役たちが新たに任命されたのです。ステファノはイエス様のメッセージがユダヤ教への挑戦となることを理解した弟子の一人です。律法と伝統に固執する人々との論争内容は記録されていませんが、ステファノへの非難の言葉から対立点を知ることが出来るのです。ステファノによればイエス様が生と死と復活を通して宣教された「神の国」-神様の支配-の到来は大祭司による神様への仲介や律法に定められた捧げ物と儀式を不必要にしたのです。「腐敗した神殿は崩壊する」と言われたイエス様のお言葉は旧約聖書によって証明されているのです。神殿政治の中枢を担う大祭司たちや律法を厳格に遵守するサウロ(パウロ)のような人々はステファノを神様とモーセへの冒涜者(ぼうとくしゃ)として断罪したのです。ステファノは指導者たちを説得することや自分を弁護することはしなかったのです。指導者たちの罪を徹底して告発したのです。使徒たちが聖霊様に導かれて大胆にキリスト信仰を語ったように、ステファノは聖霊様に満たされて証しして殉教したのです。しかし、迫害によっても人々からキリスト信仰を奪うことは出来なかったのです。フィリポは異邦人宣教の先駆けであり、回心したパウロが発展させるのです。「神の国」の福音は今日においても連綿と受け継がれているのです。

2026年04月26日

「初代教会の信徒たち」

Bible Reading (聖書の個所)使徒言行録4章1節から22節


ペトロとヨハネが民衆に話をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、二人を捕らえて翌日まで牢に入れた。既に日暮れだったからである。しかし、二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった。

次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。そして、使徒たちを真ん中に立たせて、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した。そのとき、ペトロは聖霊に満たされて言った。「民の議員、また長老の方々、今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。この方こそ、/『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、/隅の親石となった石』(詩編118:22)/です。ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」

議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。しかし、足をいやしていただいた人がそばに立っているのを見ては、ひと言も言い返せなかった。そこで、二人に議場を去るように命じてから、相談して、言った。「あの者たちをどうしたらよいだろう。彼らが行った目覚ましいしるしは、エルサレムに住むすべての人に知れ渡っており、それを否定することはできない。しかし、このことがこれ以上民衆の間に広まらないように、今後あの名によってだれにも話すなと脅しておこう。」そして、二人を呼び戻し、決してイエスの名によって話したり、教えたりしないようにと命令した。しかし、ペトロとヨハネは答えた。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」議員や他の者たちは、二人を更に脅してから釈放した。皆の者がこの出来事について神を賛美していたので、民衆を恐れて、どう処罰してよいか分からなかったからである。このしるしによっていやしていただいた人は、四十歳を過ぎていた。


(注)


・ペトロとヨハネ:12使徒の中でもイエス様が「最も愛された」三人の弟子の内の二人です。もう一人はヤコブです。


・神殿守衛長:神殿の境内の治安を守り、大祭司に次ぐ権力を持っていました。

・サドカイ派:死後の復活を信じていなかったのです。キリスト信仰に敵対していました。この宗派についてほとんど分かっていないのです。ただ、支配層に属し、神殿政治と深く関わっていました。


・大祭司アンナスとカイアファ:アンナスの在任期間は紀元後6年から15年です。カイアファはアンナスの義理の息子です。紀元後18年から36(37)年の間大祭司の職にありました。アンナスが卓越していたことからカイアファの時代になっても大祭司と呼ばれていたのです。


・ヨハネとアレクサンドロス:二人の詳細については不明です。


・男の数が五千人:数えられた人数は男性だけでした。女性を含めると信じた人はもっと多かったのです。当時は男性支配の社会でした。平等と公平を基本とする初代教会の信徒たちの生活は人々から好意を得ていたのです。

・四十歳を過ぎていた:ルカは癒しの出来事の信ぴょう性を強調しています。

・午後三時:神殿において定例の祈りが行われていました。犠牲(いけにえ)も捧げられたのです。ダニエル書9:21をご一読下さい。

・クリスチャン:初代教会の信徒たちは「新しい道の弟子たち」と呼ばれていました。後に、軽蔑の感情が込められたクリスチャン(キリストの弟子)と言う名称を付けられたのです。使徒11:26、1ペトロ4:16を参照して下さい。

(メッセージの要旨)


*ペテロはかつてイエス様に「たとえ、ご一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と言ったのです(マタイ26:35)。他の弟子たちも同じ思いでした。しかし、彼らがその言葉を実行することはなかったのです。イエス様が逮捕された時は逃げ惑い、聞かれれば弟子であることを否定し、イエス様のご遺体を埋葬することもなく隠れていたのです。ところが「復活の主」に会った弟子たちは権力者たちをも恐れないキリストの信徒へと変わったのです。イエス様が「救い主」であること、宣教された「神の国」(天の国)の正しさを確信したからです。ペトロとヨハネは無学で普通の人でした。しかし、初代教会の発展に中心的な役割を果たしたのです。一方、大祭司を代表とする指導者たちは社会的地位や権威、律法についての豊かな知識が妨げとなり、イエス様が「神の子」であることを信じなかったのです。キリスト信仰は(旧約)聖書や神学(学問)によって得られないのです。神様はイエス様を遣わされました。イエス様は「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである」と言われたのです(ヨハネ15:16)。聖霊様は終わりの日(再臨)まで導いて下さっているのです。ペトロとヨハネはこれらを経験したのです。見たことや聞いたことを証ししているのです。自分たちの使命を果たしているのです。


*神様は初代教会を祝福されました。救われる人々を日々仲間に加えられたのです。信徒たちは毎日心を一つにして神殿へ行き礼拝したのです。ペトロとヨハネも午後三時に神殿に上りました。そこで生まれながら足の不自由な人に出会いました。ペトロが「ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と言うと、彼は直ちに癒されたのです。「力ある業」は民衆を大いに驚かせたのです。同時に指導者たちを不安にさせたのです。ペトロは集まって来た人々に再び「癒しの力」は自分たちから出たものではなく、あなたがたが殺したイエス様によるものであることを説明したのです。彼らの罪を指摘し「悔い改めて立ち帰りなさい」と勧めたのです(使徒3:11―26)。二人の言葉を聞いて信じた人は男の数だけでおよそ五千人になったのです。使徒たちの宣教活動はユダヤ人たちを着実にイエス・キリストへと導いているのです。ところが、大祭司たちは彼らの影響力を看過できなくなりました。ペトロとヨハネを捕えたのです。二人に「お前たちは何の権威によって・・ああいうことをしたのか」と尋問しています。エルサレム神殿から不正な商人たちを追い出されたイエス様に対する問いかけと同じ内容なのです(マルコ11:27-28)。ペトロは「ナザレ人イエスの名」によって行ったことを明らかにしたのです。イエス様が十字架上で処刑された後三日目に復活された実在の人物であることを強調するのです。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか」と言って、不信仰の罪を厳しく批判したのです。


*「聖霊様に満たされる」とは神様から目的遂行のための力を得ることなのです(使徒1:8)。キリストの信徒たちは何かを犠牲にするのです。キリスト信仰を隠していた議員のアリマタヤのヨセフとニコデモはイエス様のご遺体を埋葬(まいそう)したのです(ヨハネ19:38-42)。二人はそのような行動が議員資格のはく奪や会堂からの追放などの不利益をもたらすことを知っていたのです。それにも関わらず自分たちの信仰を証ししたのです。信仰に基づく決断はこの世の常識では計ることが出来ないのです。使徒言行録には聖霊様の降臨を経験した初代教会の信徒たちの歩みが記録されています。迫害の中にあってもイエス様が教えられた最も重要な掟-神様と隣人を愛すること-を実践したのです(マルコ12:28-34)。病人たちや汚れた霊に悩まされている人を一人残らず癒していたのです。全身全霊で「神の国」の福音を宣教したのです。個人的な願いの実現よりも「主よ、・・あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。どうか、御手を伸ばし聖なる僕イエスの名によって、病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください」と祈ったのです。聖霊様は祈りに応えて信徒たちが集まっている場所を揺れ動かされたのです(使徒4:29-31)。キリスト信仰が誤解されているのです。信仰のみによって「永遠の命」を得ることは出来ないのです。「行いのない信仰」は空しいのです。初代教会の信徒たちは何よりも「戒め」を実行したのです。これが「救いに至る道」なのです。


*「復活の主」に会った人々が初代教会を発展させたのです。言葉で語るだけでなく「行い」によって証ししたのです。別の言い方をすれば「神様から遣わされたイエス様の戒め-神様と隣人を愛すること-を聖霊様の導きによって実践した」のです。信徒たちの「生き方」は民衆から共感を得たのです。神様は初代教会を祝福して救われる人々を日々仲間に加えられたのです。新しく信徒になった人々は使徒たちから熱心に学んだのです。「新しい道」(イエス様の教え)に生きる人々は心も思いも一つにし、お互いを兄弟姉妹と呼び、愛と尊敬をもって交際したのです。土地や家を持っている人々はそれらを売って代金を使徒たちの下へ持ち寄ったのです。お金はそれぞれの必要に応じて分配されたのです。初代教会に貧しい人が一人もいなかったのです。常に「御名が崇められますように・・」、「御国が来ますように・・」と祈っていたのです(マタイ6:9-10)。「神様の御心」を実現するために個人的な望みや必要以上の物欲を放棄したのです。イエス様のご指示に従い「神の国(神様の支配)」と「神の義(神様の正義)」を求めたのです。「神である」と自称するローマ皇帝の支配下にあっても心から恭順することはなかったのです。特筆すべきことです。キリスト信仰の原点はここにあるのです。信仰とは「信じること」ではないのです。イエス様の御跡を辿(たど)る「生き方」のことです。福音を日常生活において証しすることなのです。聖書を恣意的(しいてき)に変容してはならないのです。「永遠の命」は断じて安価な恵みではないのです。


*「神の国」の福音はこの世の価値基準を覆(くつがえ)すのです。イエス様のお言葉「先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」が現実になるのです(マルコ10:31)。貧しい人々、心身に障害がある人々、社会から排斥された人々、罪人と言われた人々が優先的に「救い」に与るのです。初代教会の信徒たちは「主の復活」において自分たちが見たことや聞いたことが真実であることを確信したのです。ペトロとヨハネは漁師でした。律法を専門的に学んだこともないのです。ところが、聖霊様に満たされて民衆に創世記や申命記によって「イエス様が約束のメシアであること」を説明し、ユダヤ教の指導者たちには詩編を用いて不信仰を批判したのです。使徒たちはイエス様の御跡を辿(たど)っているのです。イエス様は「神の国」の福音を人々が理解しやすい出来事-種を蒔く人のたとえ(マタイ13)など-によって説明されたのです。弟子たちも「自分たちが経験したこと」を有りのままに証ししているのです。「イエス・キリスト」を証しすることにおいて権力者たちを恐れなかったのです。信仰は信仰、現実は現実のように曖昧(あいまい)に生きることをしなかったのです。人間ではなく神様に従う道を選んだのです。自分たちが苦難に遭遇することを承知の上で信仰を生き抜いたのです。キリスト信仰が誤解されているのです。真に厳しい信仰なのです。今日においても同じなのです。イエス様に倣(なら)って信仰を貫き、迫害されているのです。多くの信徒が涙を流しているのです。しかし、天には大きな報いがあるのです。

2026年04月19日

「聖霊様の降臨」

Bible Reading (聖書の個所)使徒言行録2章1節からから36節

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎(火)のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人(たち)が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた。すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません。そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。

・・(ヨエルの預言)・・

イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください。ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです。このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。ダビデは、イエスについてこう言っています。

・・(ダビデの言葉)・・

兄弟たち、先祖ダビデについては、彼は死んで葬られ、その墓は今でもわたしたちのところにあると、はっきり言えます。ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人をその王座に着かせると、神がはっきり誓ってくださったことを知っていました。そして、キリストの復活について前もって知り、/『彼は陰府に捨てておかれず、/その体は朽ち果てることがない』/と語りました。神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。ダビデは天に昇りませんでしたが、彼自身こう言っています。『主は、わたしの主にお告げになった。「わたしの右の座に着け。わたしがあなたの敵を/あなたの足台とするときまで(詩編110:1)。」』だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」

(注)

・ペトロ:使徒の中でも中心的役割を果たした人物です。ペトロは漁師でした。律法についての学識もありませんでした。しかし、聖霊様がペトロに勇気と力を与え、必要なことを語らせられたのです。旧約聖書(モーセ五書)が伝える神様のお言葉や油注がれたダビデの言葉はユダヤ人たちを緊張させたのです。ペトロは神様とイエス様と聖霊様の関係-神学的に言えば「三位一体」の関係-を丁寧(ていねい)に説明したのです。

●当初の12使徒は次の通りです。

■イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らは御もとに来た。そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、宣教に遣わし、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった。こうして十二人を任命された。シモンにはペトロ(岩)という名を付けられた。ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、この二人にはボアネルゲス、すなわち、「雷の子ら」という名を付けられた。アンデレ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、それに、イスカリオテのユダ。このユダがイエスを裏切ったのである。(マルコ3:13-19)

・五旬祭(七週祭):ユダヤ教の三大祭り(過越祭、仮庵祭、七週祭)の一つです。過越祭から数えて50日目に祝う春の収穫祭です。レビ記23:15-21をご一読下さい。キリスト教では七週祭を聖霊降臨日「ペンテコステ(ギリシャ語の『五十』を表す言葉)」として記念しているのです。キリスト教がユダヤ教と深く関わっていることを示しています。

・風:神様の顕現(列王記上19:11、イザヤ書66:15、エゼキエル書37:9-14)を示す言葉です。

・炎(火):神様の臨在を表しています。出エジプト記19:18、イザヤ書5:24、66:15-16をお読み下さい。

・地域と現在の国:パルティア、メディア、エラムはイラン、メソポタミアはほぼイラクとシリアです。カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリアはトルコ、キレネはアフリカのリビア、クレタ島はギリシャです。


・ディアスポラ:外国に住んでいるユダヤ人のことです。主要な祭りにはエルサレムへ巡礼したのです。

 

・ヨエルの預言:旧約聖書のヨエル書は紀元前800年から紀元前300年の間に編纂(へんさん)されたと言われています。

■神は言われる。終わりの時に(ペトロが原文の「その後」を「終わりの時に」へと変更)、/わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、/若者は幻を見、老人は夢を見る。わたしの僕やはしためにも、/そのときには、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。上では、天に不思議な業を、/下では、地に徴を示そう。血と火と立ちこめる煙が、それだ。主の偉大な輝かしい日が来る前に、/太陽は暗くなり、/月は血のように赤くなる。主の名を呼び求める者は皆、救われる。(ヨエル書3:1-5)

・ダビデの言葉:

■わたしは、いつも目の前に主を見ていた。主がわたしの右におられるので、/わたしは決して動揺しない。だから、わたしの心は楽しみ、/舌は喜びたたえる。体も希望のうちに生きるであろう。あなたは、わたしの魂を陰府に捨てておかず、/あなたの聖なる(忠実なる)者を/朽ち果てるままにしておかれない。あなたは、命に至る道をわたしに示し、/御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる。(詩篇16:8-11)

●陰府(よみ):神様から遠ざかった死者たちの住まいのことです。

・使徒言行録:ルカによる福音書の続編(第二巻)です。

・テオフィロ:ルカを支えている人と推測されています。ルカ1:3を参照して下さい。

・初代教会の祈り:

●神様を讃える時は「栄光が、聖霊において、子を通して、父なる神に帰せられるように」、また、神様の祝福を求める時は「父なる神の祝福が、子を通して、聖霊において、あなたがたの上にあるように」と祈ったのです(百瀬文晃著「イエス・キリストを学ぶ」発行所サンパウロ、1993年p249)。キリスト信仰が日常生活を超越した「霊的な救い」として誤解されないための表現なのです。

・イエス様の誕生: 聖霊様が深く関わっています。

■すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。(ルカ1:30-35)

(メッセージの要旨)

*ペトロの説教はユダヤ人だけでなく、キリストの信徒たちにも分かり易い信仰の解説書となっています。聖霊様の降臨の背後にある「神様の御心」を知ることが大切なのです。使徒言行録は「テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました」で始まります。復活されたイエス様はご自身が生きていることを四十日にわたって示し、「神の国」について話されたのです。イエス様は弟子たちにも「神の国」の宣教を命じられたのです。「エルサレムを離れず、父の約束されたものを待ちなさい。(洗礼者)ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられる」、「あなたがたの上に聖霊が降ると力を受ける。エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」と言われたのです。皆が見ている前で天に上げられたのです。キリストの信徒たちに使命が与えられたのです。百二十人ほどで構成される初代教会は母マリアやイエス様の兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていたのです(使徒1)。イエス様は再び地上に来られるのです。その時(新しい天地創造の完成)までは聖霊様が信徒たちを導かれるのです。便宜上、神様とイエス様と聖霊様が別々に表現されているのです。神様はイエス様を通して聖霊様と共に働いておられるのです。キリスト信仰はイエス様を通して、聖霊様に導かれ、神様に近づくことが出来る信仰なのです。

*初代教会は「復活の主」に会って信仰に燃えていました。「主の復活」を証しするために、イスカリオテのユダに代わってマティアを選出し組織を整えたのです。五旬祭の日に信徒たちが集まっていると、約束された聖霊様が一人一人の上に降(くだ)ったのです。巡礼に来ていた信仰篤いユダヤ人たち、ビジネスのために長期滞在しているぢディアスポラのユダヤ人たちは自国の言葉をエルサレムで聞いて驚いたのです。ユダヤ人たちはどこにいても日常生活の規範となる律法を厳格に守ったのです。旧約聖書にも精通していたのです。「激しい風のような音」や「炎(火)」の意味を直ちに理解したのです。意外なことが起こっているのです。神様がキリストの信徒たちと共におられることに戸惑ったのです。ガリラヤの人々は他のユダヤ人たちから律法を順守しない不信仰の民として蔑(さげす)まれていました。イエス様に信仰を褒(ほ)められたナタナエルも弟子として選ばれる前には「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ってイエス様を軽んじていたのです(ヨハネ1:43-51)。巡礼者の中には信徒たちを酒に酔った愚かなユダヤ人としてあざける人々もいたのです。イエス様の逮捕以来姿を隠していたペトロは「復活の主」に会い、聖霊様の降臨を経験し、「神の国」の福音の正しさを確信したのです。初代教会のリーダーとして人々を信仰へと導いたのです。ペトロは漁師でした。教育を受ける機会にも恵まれなかったのです。ところが、律法に精通している指導者たちにイエス・キリストを堂々と証ししたのです(使徒4:12-13)。

*ペトロはヨエル書を引用して聖霊様の降臨の意味を説明したのです。神様は不信仰なイスラエルを罰するためにいなごの大群を送られたのです。国土は荒廃し、民は深刻な飢饉に苦しんだのです。ヨエルはこのような時期に預言したのです。イスラエルの民が悔い改めて神様に立ち帰れば再び繁栄が訪れることを告げたのです。徴(しるし)として神様は大人だけでなく、息子や娘、若者、老人、奴隷にも聖霊様を注がれるのです。ヨエルは精霊様の降臨をイスラエルの民への恵みとして理解していました。後に、異邦人たちにも注がれることが明らかになるのです(使徒10:44-48)。「神の国」の福音はユダヤ人を含めてすべての民に届けられるのです。ペトロはヨエルの預言を「ペンテコステ」(ユダヤ教の七週祭)に適用したのです。しかも、ヨエル書にある「その後」を「終わりの時に」変更して引用しているのです。イエス様が再び来られる時(再臨)が近いことを強調するのです。ペトロの信仰理解によれば聖霊様の降臨はその「しるし」なのです。ユダヤ人たちは神様がダビデにされた約束「あなたの王国は・・とこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる」を信じていました(サムエル記下7:16)。ペトロはダビデの言葉 によって「イエス様の復活」を根拠づけるのです。「彼は陰府に捨てておかれず、/その体は朽ち果てることがない」のです。神様は聖霊様によってイエス様を誕生させられたのです。死後三日目に復活された主は神様の右におられるのです。約束された聖霊様を御父から受けて注いで下さっているのです。

*重要な出来事には聖霊様が働いておられるのです。イエス様の先駆けとして遣わされた洗礼者ヨハネは母エリザベトの胎内にいる時から聖霊様に満たされていました(ルカ1:15)。イエス様の受胎に関して、天使はマリアに「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる」と告げています(ルカ1:35)。聖霊様はヨハネの母エリザベト(ルカ1:41-45)、父ザカリア(ルカ1:67-79)、信仰篤いシメオン(ルカ2:25-35)を導かれたのです。神様は宣教活動を準備するためにヨハネから洗礼を受けて祈っておられるイエス様に聖霊様を注がれたのです。天が開け聖霊様は鳩のように目に見える形で降られたのです(ルカ3:21)。イエス様はナザレで宣教を開始されました。預言者イザヤのメッセージに言及して「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人(人々)に福音を告げ知らせるためにわたしに油を注がれたからである。・・」が実現したと言われたのです(ルカ4:18)。後に「わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがはなしたことをことごとく思い起こさせて下さる」と予告されたのです(ヨハネ14:25-26)。ペトロは聖霊様に導かれて旧約聖書が伝える「神様の約束」を取り上げたのです。「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを神は主とし、またメシア(キリスト)となさったのです」と言ったのです。

*ユダヤ人たちはペトロやほかの使徒たちに「わたしたちはどうしたらよいのですか」と尋ねています、ペトロはこれらの人に心からの「悔い改め」を求めたのです。「イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます」と言ったのです。ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日だけでも三千人ほどが仲間に加わったのです。信徒たちは使徒の教えに従い、相互の交わりを大切にし、パンを裂くこと(聖餐式の実施)を順守し、祈ることに熱心でした。初代教会はその後も着実に信徒を増やし、発展して行くのです。ペトロは聖霊様に導かれて大胆にキリスト信仰を証ししたのです。ユダヤ教の伝統に固執するユダヤ人たちに旧約聖書(神様とイスラエル民族の歴史)に準拠して「新しい道」-キリスト信仰は当初このように呼ばれていたのです-について解説したのです。ペトロの宣教手法は受け継がれて行くのです。「信仰告白」としてまとめられたのです。今日においても礼拝や洗礼式で用いられているのです。ペトロの信仰理解によれば「この世の終わり」が差し迫っているのです。パウロは自分の存命中にイエス・キリストの再臨が起こると考えていたのです。ただ、このような信仰理解は往々にしてキリストの信徒たちを「知的信仰」に陥(おちいら)せるのです。ペトロは「神様の御心」を知る(神様の御業を追体験する)ことの大切さを教えているのです。神様はイエス様によって「神の国」の福音を語られたのです。聖霊様によって信徒たちを導き、「力」を与えられるのです。

2026年04月12日

「イエス様の復活」

Bible Reading (聖書の個所)使徒言行録1章3節から11節


イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」


さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」


(注)


・使徒言行録:著者はルカです。「ルカによる福音書」の第二部として位置づけられています。


・「神の国」(天の国):死後に行く「天国」のことではありません。神様の主権、神様の支配を表す言葉です。キリスト信仰において「神の国」の意味を正確に理解することは極めて重要です。神様はこの世の闇(個人の罪や社会の不正)を裁かれるのです。悔い改めて「神の子」を信じる人はイエス様の教えを実践するのです。そして「永遠の命」に与るのです。行いのない信仰によって「救い」を得ることは出来ないのです。


・食事を共にする:使徒言行録の著者ルカがイエス様の復活を否定する(霊的にのみ生きておられることを主張する)人々への反論として取り上げた出来事のように見えるのです。


・国を建て直す:イスラエルの政治的独立を回復することです。


・イエス様が再び地上に来られる時(再臨)にこの世は終わるのです。新しい天と地が完成するのです。パウロは自分の存命中に再臨が起ると信じていました。


・聖霊様はイエス様の復活の後50日目の日曜日―ユダヤ教の七週祭(麦の収穫を祝う祭り)―に降臨されたのです。ペンテコステとも呼ばれています。ペンテコステはギリシャ語で数字の50のことです。


・エマオ:エルサレムからおよそ1.1kmの所にある村です。


・べタニヤ:エルサレムの東キドロンの谷を越えたところにあります。イエス様はこの地をたびたび訪れておられます。


・平地の説教:山上の説教(マタイ5-7)と共に福音の原点を要約しています。


■・・さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。「貧しい人々は、幸いである、/神の国はあなたがたのものである。今飢えている人々は、幸いである、/あなたがたは満たされる。今泣いている人々は、幸いである、/あなたがたは笑うようになる。人々に憎まれるとき、また、人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。その日には、喜び踊りなさい。天には大きな報いがある。この人々の先祖も、預言者たちに同じことをしたのである。しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、/あなたがたはもう慰めを受けている。今満腹している人々、あなたがたは、不幸である、/あなたがたは飢えるようになる。今笑っている人々は、不幸である、/あなたがたは悲しみ泣くようになる。すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。この人々の先祖も、偽預言者たちに同じことをしたのである。・・」(ルカ6:17-49)

・カイアファ:ユダヤ教の大祭司です。祭司職は本来世襲でした(民数記25:10-13)。ところが、紀元後1世紀にローマの総督の承認事項になったのです。在任期間は紀元後18年から36年です。宗教指導者であ.ると同時に政治的な指導者です。最高法院(サンヘドリン)を招集する権限を有していたのです。

・ポンティオ・ピラト:ローマから任命された総督です。在位は紀元後26年から36年です。新約聖書は意志の弱い人物として伝えています。しかし、古代の歴史家たちは圧政と不正で悪名をなした人物として紹介しています。本来の赴任地(ふにんち)は地中海沿岸の都市カエサリアです。ユダヤ人の過越祭には多くの人が集まるので治安を確保するためにエルサレムに滞在したのです。

・使徒信条:カトリック、プロテスタントに共通する信仰告白です。キリスト信仰の真髄(しんずい)を表現しています。ただ、問題点もあるのです。本来は教会における公の信仰告白です。We-我々-で始まるべきなのです。イエス様が教えられた「主の祈り」(マタイ6:9-13)と比較して下さい。信仰共同体の祈りとして「我々・・」が用いられているのです。もう一つはイエス様が指摘された大祭司カイアファの罪を不問にしていることです(ヨハネ19:11)。聖書が伝統や人間が作った教義によって変容されているのです。

APOSTLES’ CREED


I(We) believe in God, the Father almighty,
      creator of heaven and earth.

I (We) believe in Jesus Christ, his only Son, our Lord.
      He was conceived by the power of the Holy Spirit
          and born of the Virgin Mary.
      He suffered under (Caiaphas and)Pontius Pilate,
          was crucified, died, and was buried;
      He descended into hell.
On the third day he rose again.
He ascended into heaven,
and is seated at the right hand of the Father.
He will come again to judge the living and the dead.

I (We) believe in the Holy Spirit,
the holy catholic Church,
the communion of saints,
the forgiveness of sins,
the resurrection of the body,
and the life everlasting. Amen.

(使徒信条)

我(我ら)は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我(我ら)はその独り子、我らの主イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、(カイアファと)ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府に降り、三日目に死人のうちより蘇り,天にのぼり全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて生ける者と死ねる者とを審きたまわん。我(我ら)は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠の生命を信ず。 アーメン

(メッセージの要旨)


*今日はイースター礼拝です。キリスト信仰の根幹は「主の復活」にあるのです。イエス様は「神の国」の到来を認めないこの世の権力者たちによって政治犯として処刑されたのです。十字架刑は人間の尊厳を踏みにじる拷問です。犯罪人は衣服を剥(は)ぎ取られ、手足を釘付けにされ、何日も人目に晒(さら)されたのです。体の重みが苦痛を強め、いずれ失血死するのです。主にローマの支配に抵抗する人々への見せしめとして行われたのです。イエス様は屈辱(くつじょく)と激痛の中で死なれたのです。四福音書はイエス様が息を引き取られる直前の様子を伝えています。マタイは詩篇22のお言葉「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」を取り上げています(マタイ27:4 6)。イエス様はご自身の死と復活を三度も予告しておられます(マルコ10:32-34)。しかし、十字架の上では苦悩されていたのです。ルカによればイエス様は処刑人たちを赦し、隣にいる犯罪人の一人に楽園(パラダイス)を約束し、詩篇31の「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」を大声で叫ばれたのです(ルカ23:46)。神様への信頼が溢(あふ)れているのです。ヨハネによればイエス様は母マリアを愛する弟子に委ねた後に「成し遂げられた」と言われたのです(ヨハネ19:25-30)。地上の使命を果したという安堵(あんど)のお気持ちが表れているのです。神様は死んで三日も経ったイエス様を復活させられたのです。宣教された「神の国」の正しさを証明されたのです。イエス様は一貫して「神の国」について語られたのです。


*イエス様は「神の国」の宣教にご生涯を捧げられました。ご自身を通して「神の国」が到来していることを証しされたのです。山上の説教(マタイ5-7)や平地の説教、あるいは日常生活に生起する身近な現象を用いた分かり易い譬(たと)え話によって「神の国」の意味を語られたのです。力ある業(奇跡や癒し)によって「神の国」の福音を可視化されたのです。目の見えない人々は見え、足の不自由な人々は歩き、重い皮膚病を患っている人々は清くなり、耳の聞こえない人々は聞こえるようになり、死者たちは生き返ったのです(マタイ11:5)。一方、ご自身について「人の子は安息日の主でもある」(マルコ2;28)、「わたしと父とは一つである」(ヨハネ10:30)と言われたのです。ユダヤ人にとって断じて認められない主張によって、「神の子」に対する絶対的な信仰を求められたのです。また、エルサレム神殿が両替人や商売人たちによって強盗の巣と化していること(ヨハネ2:13-22)、神殿政治の中枢(ちゅうすう)を担う律法学者たちやファリサイ派の人々がやもめたちの家を食い物にしていること(マルコ12:40)、ローマに恭順して既得権益を守り、貧しい人々や虐げられた人々を抑圧していることについて非難されたのです。大祭司カイアファたちは悔い改めることなく、イエス様を無実の罪で告発したのです。「神様を冒涜(ぼうとく)する者」、「皇帝に反逆する者」として総督ピラトに処刑させたのです。神様が遣わされた独り子を異邦人の手によって殺害させたのです。指導者たちの罪は真に大きいのです。


*この世の権力者たちが「神の国」の福音を拒否するのです。「神様の権威」が失墜(しっつい)しているのです。深刻な事態が起こっているのです。最大の首謀者は大祭司カイアファです。イエス様も尋問の席でピラトに「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者(カイアファ)の罪はもっと重い」と明言されたのです(ヨハネ11:9)。「使徒信条」はカイアファの罪を不問にしているのです。聖書の言葉が後の権力者たちによって変容されているのです。イエス様のご遺体を埋葬(まいそう)したのは寝食を共にしていた弟子たちではなかったのです。イエス様を密かに信じていた議員のアリマタヤのヨセフとニコデモだったのです(ヨハネ19:38-42)。使徒たちは指導者たちを恐れていました。家の戸に鍵をかけて身を潜(ひそ)めていたのです。復活されたイエス様はマグダラのマリアともう一人のマリアに「おはよう」と挨拶(あいさつ)をし、兄弟姉妹たちとはガリラヤで会うことを約束されたのです(マタイ28:1-10)。エマオでは二人の弟子に現れて(旧約)聖書を解説されたのです(ルカ24:13-35)。使徒11人が食事をしている時に「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」と命令されたのです(マルコ16:14-18)。ペトロには何度も会って「わたしの羊を飼いなさい」と指示されたのです(ヨハネ21:1-19)。「復活の主」に会った弟子たちは新たに力を受けるのです。イエス・キリストを大胆に証ししたのです。


*イエス様の復活は人間の心の内に根源的に潜(ひそ)む死の恐怖を打ち砕(くだ)いたのです。以前、イエス様は洗礼者ヨハネの質問に「・・死者たちは生き返り、貧しい人々は福音を告げ知らされている。わたしに躓(つまず)かない人々は幸いである」と答えられたのです(マタイ11:2-6)。ガリラヤ湖畔にある会堂長ヤイロの家で死んで間もない娘を生き返らされたのです(マルコ5:21-43)。ナザレ近郊の町ナインに一人息子の死に嘆(なげ)く母親がいました。憐れんで彼女の息子に再び命を与えられたのです(ルカ7:11-16)。エルサレムに近いベタニアの村では「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」と言われたのです。マルタはイエス様のお言葉を素直に信じたのです。兄弟ラザロは死んで四日も経っているのに蘇(よみがえ)ったのです(ヨハネ11:1-44)。イエス様は「御子の権威」によって命を与えられるのです(ヨハネ5:21)。「主の復活」はイエス様が各地で実行された「力ある業」が神様によってなされたことを証明する出来事なのです。イエス様は全世界の人々にとって「永遠の命」に与れる希望の光となったのです。「神の国」の到来は地上に「神様の正義と愛」を具体化しているのです。「罪と死の問題」は根本的に解決されることを予告しているのです。イエス様の復活は「神様の御心」を表しているのです。「神の国」の到来はすべての人にとって福音なのです。神様は決定的な根拠を示されたのです。


*神様は十字架の刑死に至るまで従順であられたイエス様を見捨てられることはなかったのです。イエス様の復活はキリスト信仰にとって極めて重要な出来事なのです。神様はイエス様が「独り子」であることを再確認されたのです。ご自身と等しいお方であることを宣言されたのです。イエス様の宣教の第一声は「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」でした(マルコ1:15)。キリスト信仰とは「神の国」の到来を福音として信じることなのです。イエス様は「神様の御心」を実現するために、ご自身の生と死を通して「神の国」を証しされたのです。復活された後もご自身が生きていることを示すために四十日にわたって多くの人に現れ「神の国」を語られたのです。キリスト信仰の中心メッセージは「神の国」なのです。ただ、部分的にしか明らかになっていないのです。神様がしかるべき時-この世の終わり(イエス様の再臨)-に完成して下さるのです。イエス様のお言葉「父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、与えたいと思う者に命を与える」が成就するのです。キリストの信徒たちはどのような状況にあっても希望を持って生きることが出来るのです。これが福音の本質なのです。「復活の主」に会った弟子たちは初代教会を設立し「神の国」の宣教に着手したのです。日本では「クリスマス」に関心を寄せている教会が多いのです。「イースター」はキリスト信仰の真髄(しんずい)なのです。イエス様は再び来られるのです。その時に備えるのです。ご生涯に倣(なら)い「神の国」の建設に取り組むのです。

2026年04月05日

「イエス様の処刑」

Bible Reading (聖書の個所)ヨハネによる福音書19章1節から22節及び28節から30節


そこで、ピラトはイエスを捕らえ(連れて行き)、鞭で打たせた。兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、そばにやって来ては、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、平手で打った。ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。」ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」

ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、再び総督官邸の中に入って、「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。そこで、ピラトは言った。「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者(大祭司カイアファ)の罪はもっと重い。」そこで、ピラトはイエスを釈放しようと努めた。しかし、ユダヤ人たちは叫んだ。「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背(そむ)いています。」

ピラトは、これらの言葉を聞くと、イエスを外に連れ出し、ヘブライ語でガバタ、すなわち「敷石(しきいし)」という場所で、裁判の席に着かせた。それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった。ピラトがユダヤ人たちに、「見よ、あなたたちの王だ」と言うと、彼らは叫んだ。「殺せ。殺せ。十字架につけろ。」ピラトが、「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と言うと、祭司長たちは、「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えた。そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼ら(兵士たち)に引き渡した。

こうして、彼らはイエスを引き取った。イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。そこで、彼らはイエスを十字架につけた。また、イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして両側に、十字架につけた。ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と言った。しかし、ピラトは、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えた。

・・・・・

この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇(かわ)く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸(す)いぶどう酒を満たした器(うつわ)が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂(た)れて息を引き取られた。


(注)
・ポンティオ・ピラト:ユダヤを管轄(かんかつ)するローマの総督です。赴任地(ふにんち)はカエサリア(地中海沿岸の都市)です。ただ、過越祭の時期は巡礼者で溢(あふ)れるエルサレムの治安を守るためにこの地に滞在したのです。在位は西暦26年から36年です。抑圧的で不正な人物であったと伝えられています。


・イエス様の釈放:ローマの慣習では死刑判決の後に囚人に「むち打ち」が行われていました。ピラトはすでにイエス様を鞭で打たせています(ヨハネ19:1)。イエス様の死刑は確定しているのです。ピラトの姿勢「イエスを釈放しようと努めた」あるいは「この男に罪を見いだせない」(ヨハネ19:6)はイエス様を支持する民衆への単なる「リップ・サービス」のように見えるのです。

・敷石:厳密な意味は不明です。しかも、ヘブライ語の「ガバタ」は「敷石」を表す言葉ではないのです。


・過越祭の準備の日:木曜日です。


・カイアファ:ユダヤ教の大祭司です。同時に政治的指導者なのです。最高議決機関(サンヘドリン)を取り仕切り、西暦18年から36年までの18年間職務に就(つ)いていました。イエス様に「わたしをピラトに引き渡した者の罪はもっと重い」と言われたのです。


・ユダヤ人たちは異邦人の家に入ると「汚れる」と考えていました。指導者たちはイエス様を総督の官邸に連行したのですが、ピラトとは外で話したのです。

・「渇(かわ)く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。:詩編69の22をお読みください

・神の国(天の国):死後に行く天国のことではないのです。この世の真っ只(ただ)中にあって、神様が真に崇(あが)められることです。キリスト信仰とはイエス様によって証された「神の国」-神様の支配-の到来を福音(良い知らせ)として信じることです。そして「神の国」の建設に参画することなのです。「救い」はこの世において最も重要な戒め-神様 と隣人を愛することーを実践することによって得られるのです。


(メッセージの要旨)


*大祭司カイアファア、律法学者たちやファリサイ派の人々はイエス様を十字架上で処刑させるために画策するのです。「救い主」(政治的解放者)の到来に歓喜する人々を失望させるために「無力な王」として刑死させるのです。十字架刑はローマが見せしめとして反逆者たちや凶悪犯たちに科した最も残忍な刑罰なのです。ユダヤ人歴史家ヨセフスは紀元前4年に反乱を起こしたユダヤ人2000人がエルサレムの近くでローマ軍によって処刑されたことを記録しています(ユダヤ戦記)。イエス様の時代の人々に悲惨な出来事として記憶されているのです。指導者たちはイエス様を「反乱を企てた者」として訴えているのです。ところが、ピラトは宗教上の問題として自分たちで裁くように命じたのです。律法には神様を冒涜(ぼうとく)する者に対する刑罰が定められています。「主の御名を呪(のろ)う者は死刑に処せられる。共同体全体が彼を石で打ち殺す。・・」(レビ記24:16)、「・・その預言者がわたしの命じていないことを、勝手にわたしの名によって語り、あるいは、他の神々の名によって語るならば、その預言者は死なねばならない」(申命記18:20)があります。指導者たちはイエス様を神様への冒涜の罪で殺すことが出来たのです。ところが、ローマ皇帝に敵対する「ユダヤ人の王」として殺させるのです。イエス様の死を「贖(あがな)いの供え物」として理解することは一面的です。イエス様の中心メッセージは「神の国」の到来です。人々に激しく悔い改めを迫ったのです。死は「神の国」の宣教がもたらした当然の帰結なのです。


*イエス様がゲツセマネで話しておられると12使徒の一人ユダが進み寄って来ました。祭司長、律法学者、長老たちが遣わした群衆も、剣や棒を持って一緒に来たのです。彼らはイエス様に手をかけて捕らえ、大祭司のところへ連れて行ったのです。カイアファがイエス様に「お前はほむべき方の子、メシアなのか」と尋(たず)ねると、「あなたたちは、人の子(イエス様)が全能の神の右に座り、天の雲に囲まれて来るのを見る」(ダニエル書7:13-14)と答えられたのです。出席者はイエス様を「神様への冒涜(ぼうとく)の罪」で死刑に処すべきであると決議したのです(マルコ14:43-64)。律法の規定に基づいて殺すことが出来るのです。ところが、夜が明けるとすぐ祭司長たちは長老や律法学者たちと共に最高法院で協議し、イエス様を縛(しば)って引いて行き、ピラトに渡したのです。彼ら自身は官邸に入らなかったのです。汚(けが)れないで過越の食事をするためでした。ピラトが出て来て「どういう罪でこの男を訴えるのか」、「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言うと、彼らは「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と反論したのです(ヨハネ18:28-31)。ピラトはイエス様にも「いったい何をしたのか」と尋問(じんもん)しています。「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く」と言われたのです。ローマへの反逆や強盗殺人のような罪は見つからなかったのです。イエス様を釈放しようとしたのです。


*大祭司たちは「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背いています」と非難してピラトを脅迫するのです。ピラトが「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と反論すると「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えたのです。ユダヤ教への背信行為です。指導者たちは自分たちの権威と既得権益を守るために「神様」さえも捨てるのです。謀略は成功したのです。イエス様は政治犯として処刑されるのです。「神の国」がこの世の権力者たちによって否定されたのです。犯罪人として処刑されるイエス様は余りにも惨(みじ)めでした。そこには生まれつき目が見えなかった者の目を開けた(ヨハネ9)、死んで四日も経ったザロを蘇らされた(ヨハネ11)時のような力強い「救い主」(解放者)としてのお姿はなかったのです。ローマ軍の兵士たちはイエス様を侮辱(ぶじょく)するのです。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ」と言ったのです(ルカ23:36-37)。イエス様は沈黙を貫かれるのです。すべてを神様に委(ゆだ)ねられたのです。自分を救えなかった「救い主」に失望した弟子たちが群れを去ったのです。熱狂的に支持した人々も離反したのです。パウロが言うように「十字架につけられたキリストはユダヤ人(たち)にとって『躓(つまず)きの石』となった・・」のです(1コリント1:23)。イエス様の宣教が挫折(ざせつ)したかのように見えるのです。神様は依り頼む者を見捨てられないのです。死後三日目にご自身の意思を明確にされるのです。


*イエス様の十字架の死を「罪の贖いの犠牲」として解釈することには飛躍(ひやく)があるのです。イエス様がご自身の生と死と復活を通して証された「神の国」-神様がすべての支配者であること-の福音(良い知らせ)はキリスト信仰の真髄です。人間の「全的な救い」として完成するのです。福音を「罪からの救い」に縮小してはならないのです。イエス様も十字架の死において初めて「救い」がもたらされるとは考えておられなかったのです。四福音書の記者が全精力を集中してこの事実を伝えているように、神様はイエス様を通して天上と地上において主権者(支配者)であることを宣言されたのです。新しい天地創造の完成―この世の終わり―に先立ってイエス様を遣わされたのです。すべての人に「悔い改め」の機会を与えられたのです。イエス様も「わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている」と明言しておられるのです(ヨハネ5:24)。「愛の観点」から律法を解釈し、人々の病を癒(いや)し、罪を赦(ゆる)されたのです。律法の厳格な順守を基本とする指導者たちとの間に対立が生じたのです。「神の国」-神様による正義と愛の実現-の到来は指導者たちの偽善と不正への告発となったのです。地位や既得権益に執着する権力者たちはイエス様をこの世から抹殺するのです。キリスト信仰を標榜(ひょうぼう)する人は社会の現実に無関心であってはならないのです。御跡を辿(たど)るのです。「神の国」の建設に参画して信仰を証しするのです。


*イエス様は罪状書きにあるように「ユダヤ人の王」(政治犯)として処刑されたのです(マルコ15:26)。政治的謀略によって殺されたのです。旧約聖書は神殿政治の中枢を担う指導者たちが民衆を抑圧し、搾取してきた歴史を伝えています(エゼキエル書34)。イエス様の時代においても強大なローマが弱小のユダヤ民族を武力で支配しているのです。イエス様が宣教された「神の国」の到来は貧しい人々や虐(しいた)げられた人々にとって福音となったのです。ところが、キリスト教各派の多くはイエス様の十字架上の刑死が神様の永遠の計画の中にあらかじめ定められた「救いの御業」であることを強調しているのです。キリスト信仰を歴史的事実の中に位置づけて解釈することがほとんど行われていないのです。福音が「霊的な救い(天の国籍の付与)」に限定されているのです。新約聖書において「神の国」の福音が具体的事実によって伝えられているのです。イエス様が「中風(ちゅうぶ)の人」を癒(いや)されたこと(マルコ2:1-12)、「罪深い女性」の罪を赦(ゆる)されたこと(ルカ7:36-50)、神殿政治の不正と腐敗を告発されたこと(マタイ21:12-14)などがその例です。イエス様は社会的、政治的、経済的な問題に深く関与されたのです。ご自身の立場を明確にされたのです。社会の中で最も小さい人々の側に立たれたのです。それ故に、権力者たちから迫害されたのです。「神様の御心」を実現するために十字架刑さえ回避されなかったのです(マルコ14:36)。イエス様は真に苦難の僕となられたのです。

2026年03月29日
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