「イエス様の誕生とシメオンの預言」
Bible Reading (聖書の個所)ルカによる福音書2章21節から35節及び3節から52節
八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり/この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、/あなたの民イスラエルの誉れです。」父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。
――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」
親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。
(注)
・八日目の割礼:
■いつの時代でも、あなたたちの男子はすべて、直系の子孫はもちろんのこと、家で生まれた奴隷も、外国人から買い取った奴隷であなたの子孫でない者も皆、生まれてから八日目に割礼を受けなければならない。(創世記17:12)
・清めの儀式:
■主はモーセに仰せになった。・・妊娠して男児を出産したとき、産婦は月経による汚れの日数と同じ七日間汚れている。・・産婦は出血の汚れが清まるのに必要な三十三日の間、家にとどまる。その清めの期間が完了するまでは、聖なる物に触れたり、聖所にもうでたりしてはならない。・・男児もしくは女児を出産した産婦の清めの期間が完了したならば、産婦は一歳の雄羊一匹を焼き尽くす献げ物とし、家鳩または山鳩一羽を贖罪の献げ物として臨在の幕屋の入り口に携えて行き、祭司に渡す。・・なお産婦が貧しくて小羊に手が届かない場合は、二羽の山鳩または二羽の家鳩を携えて行き、一羽を焼き尽くす献げ物とし、もう一羽を贖罪の献げ物とする。祭司が産婦のために贖いの儀式を行うと、彼女は清められる。(レビ記12:1-8)
・初めて生まれる子:
■主はモーセに仰せになった。「すべての初子を聖別してわたしにささげよ。イスラエルの人々の間で初めに胎を開くものはすべて、人であれ家畜であれ、わたしのものである。」(出エジプト記13:1-2)
・山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽:ヨセフとマリアに羊を捧げる経済的ゆとりがなかったことを表しています。
・イスラエルの慰め:約束されたイスラエルの独立のことです。具体例としてバビロン捕囚からの帰還を挙げることが出来ます(イザヤ書40:1-2)。イザヤ書49:5-6;61:1-2を併せてお読み下さい。
・あなた自身も剣で心を刺し貫かれます:人々は神様の「救いの業」を拒否するのです。分裂の剣はマリアと家族に苦痛をもたらすのです。ルカ8:19-21、11:27-28、12:51-53をご一読下さい。
・ナザレ:サマリアの北に位置するガリラヤ地方の小さな村です。周辺地域から孤立しており、要衝の地でもありませんでした。「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言われていたのです(ヨハネ1:46)。聖書地図をご覧下さい。
・イエス様が宣教を開始された年齢はおよそ30歳です(ルカ3:23)。
(メッセージの要旨)
*11月30日(日)から待降節の期間、「ヨハネの誕生」、「マリアの賛歌」、「信仰の人ヨセフ」について学んできました。今日は「シメオンの預言」を通して、イエス様の誕生の意味とご生涯について考えます。イエス様はローマの支配下にあるユダヤのベツレヘムでお生まれになったのです。ヘロデ大王によって命の危険に晒(さら)されたのです。「神の国」(天の国)-神様の支配-の到来は貧しい人々や虐(しいた)げられた人々に「良い知らせ」(福音)となるのです。一方、権力者たちには既得権益の放棄を迫る「悪い知らせ」となったのです。キリスト信仰が誤解されているのです。イエス様は地上に分裂をもたらすために来られたのです(マタイ10:34-39)。人々に悔い改めを求めて「救い」に導かれただけではないのです。神様の正義と愛が社会の隅々に行き渡るように奔走(ほんそう)されたのです。ユダヤ人は異邦人を神様から離れた罪人として蔑(さげす)んでいました。聖霊様に導かれたシメオンは幼子を抱いて「・・これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、/あなたの民イスラエルの誉れです」と神様を讃(たた)えたのです。ユダヤ人にも異邦人にも「救い」が訪れるのです。ユダヤ教にとって重大な教義の変更が宣言されたのです。シメオンの詳細は不明です。ただ、信仰心が篤く、律法を守り、イスラエルに「救い主」が現れるのを待ち続けていた人として紹介されています。神様はこのような「普通の人」を用いられるのです。イエス様が果たされる使命についてあらかじめ語られたのです。
*幼子が誕生して八日が経ちました。イエス様と名付けられたのです。胎内に宿る前に天使から示された名前です。イエス様の幼年時代、青年時代、大人になった初めの頃についてはほとんど知られていないのです。ただ、分かっていることもいくつかあるのです。ヨセフとマリアは主の律法で定められたことをみな終えたので、ガリラヤのナザレに帰ったのです。イエス様はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれて成長されたのです。律法を守り、安息日には会堂へ行かれたのです。12歳の時(紀元後6年頃)、両親と共に過越際のためにエルサレムへ巡礼されたのです。ヨセフとマリアはナザレへの帰途に着いたのです。しかし、イエス様は群れの中におられなかったのです。神殿の境内で学者たちの真ん中に座って話を聞き、質問をしておられたからです。三日間も滞在されたのです。人々はイエス様の賢い受け答えに驚いたのです。イエス様は捜しに戻って来た両親に「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということ知らなかったのですか」と言われたのです。「神の子」であることを認識しておられたのです。この年、民族的にも、政治的にも大きな出来事がありました。多くの愛国的ユダヤ人は外国の支配者への納税を拒否するように呼びかけていたのです。代表団を派遣し、ユダヤ、サマリアを統治していたヘロデ・アルケラオ(紀元前4年に就任)の残虐性と統治能力の欠如をローマ皇帝アウグストに申し出たのです。皇帝は訴えを認めて彼の地位をはく奪したのです。ユダヤはローマの直轄領となり、総督のピラトが派遣されたのです。
*イエス様は両親と一緒に下って行き、ナザレに帰られたのです。そこで、両親に仕えてお暮らしになりました。イエス様は知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛されたのです。その後、イエス様が宣教を始められるまでの18年間はナザレの会堂で一般のユダヤ人としての教育を受けられたのです。父親のヨセフの下で職人としての腕を磨き、村の大工となられたのです。村人たちが「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」と言っていることからも明らかです(マルコ6:2-3)。イエス様は村人たちが必要とする様々な物を作られたのです。例えば、牛と牛を繋ぐくびき、木製のすき、脱穀用の板、もみ殻を分ける熊手、ベンチ、テーブル、ベッド、木箱、荷車などです。住居の一階は作業場で家族はその上に住んだのです。イエス様は大工としての仕事を通して人々の暮らしを身近に感じ取られたのです。こうした経験を機会あるごとに説教やたとえ話に用いられたのです。ユダヤは引き続きローマに直轄支配されていたのです。ガリラヤ地方はヘロデ・アンティパスが統治していました。イエス様はおよそ30歳の頃に「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言って、宣教を開始されたのです(マルコ1:15)。「神の国」の福音が圧政下において具体化されているのです、今日、「罪の赦し」に縮小されているのです。神様はこの世のすべてを支配されるのです。キリスト信仰とはイエス様の宣言を信じることです。
*ヘブライ人への手紙には「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。・・」と書かれています(1:1-2)。イエス様は神様のお言葉なのです。シメオンはイエス様の誕生を知って、「救いの御業」が始まったことを確信したのです。同時に、イエス様の行く末について「この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ・・」と預言したのです。果たして、シメオンの言葉は後に現実になるのです。人々の間にキリスト信仰を巡(めぐ)って激しい対立と分裂が生じるのです。神殿政治の中枢を担う律法学者たちやファリサイ派の人々、彼らに同調する人たちはイエス様を迫害し、「神様の支配」を拒絶するのです。一方、貧しい人々や虐(しいた)げられた人々は悔い改めてイエス様を信じたのです。シメオンはマリアが遭遇(そうぐう)する苦悩について言及しています。ある時、イエス様が群衆に語っておらました。母マリアと兄弟たちが会いに来たのです。イエス様は弟子たちに「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」と言われたのです。マリアは複雑な気持ちでお言葉を理解したのです。この世の母と子の関係に別れを告げることになるのです(ルカ8:19-21)。さらに、「あの男は気が変になっている」という人々の言葉を聞いて、親戚のある者たちがイエス様を取り押さえに来たのです。マリアは身内の不信仰に心を深く痛めたのです(マルコ3:20-21)。
*イエス様の誕生に関わった人々は聖霊様、あるいは天使に導かれて、それぞれの役割を果たしたのです。洗礼者ヨハネの親となった祭司ザカリアと妻エリザベト、受胎告知に従ってイエス様の母になる決心をし、「神の国」の到来を宣言した乙女マリア、マリアを受け入れ、権力者たちの迫害からイエス様と妻を守ったヨセフ、いずれも信仰によって「神様のご計画」に参画したのです。聖霊様に導かれたシメオンも神様が万民のために「救い主」を誕生させられたこと、異邦人たちがこの啓示の光に照らされて正しい道を歩めることに感謝したのです。福音書記者ヨハネはイエス様の誕生の意味を説明しています。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」と言って、神様の天地創造の御業と関連付けているのです(ヨハネ1:1-4)。マタイやルカとは異なり、抽象的、哲学的です。多くの人が敬遠する聖書の個所になっているのです。しかし、内容的にはキリスト信仰の本質を示しているのです。イエス様は「神様のご計画」に基づいて誕生されたのです。新しい天地の創造が始まっいるのです。イエス様は「わたしを見たものは、父を見たのだ」と断言されたのです(ヨハネ14:9)。神様とイエス様は一体なのです。イエス様のお言葉に耳を傾けるのです。聞くだけではなく、御跡を辿(たど)るのです。