「謀略の決行」

Bible Reading (聖書の個所)マルコによる福音書14章1節から11節

さて、過越祭と除酵祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、なんとか計略を用いてイエスを捕らえて殺そうと考えていた。彼らは、「民衆が騒ぎだすといけないから、祭りの間はやめておこう」と言っていた。

イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺(つぼ)を持って来て、それを壊(こわ)し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。そこにいた人の何人かが、憤慨(ふんがい)して互いに言った。「なぜ、こんなに香油を無駄遣(むだづか)いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」そして、彼女を厳しくとがめた。イエスは言われた。「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬(まいそう)の準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣(の)べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」

十二人の一人イスカリオテのユダは、イエスを引き渡そうとして、祭司長たちのところへ出かけて行った。彼らはそれを聞いて喜び、金を与える約束をした。そこでユダは、どうすれば折よくイエスを引き渡せるかとねらっていた。

(注)

・過越祭(すぎこしさい):イスラエルの民がエジプトの奴隷から解放された出来事を記念する祭りです。出エジプト記12:1-13:16をお読み下さい。

・除酵祭(じょこうさい):過越祭の15日から21日までの7日間酵母(こうぼ)を入れないパンを食べたのです。出エジプト記12:1-27を参照して下さい。


・二日前:ニサンの月(現在の暦の3月から4月頃)の13日の水曜日と考えられています。元々、過越祭と除酵祭は別々の祭りでした。実際は一つのものとして執(と)り行われたのです。過越祭は15日(金)にお祝いされました。14日(木)の午後に神殿において「過越しの羊」が捧(ささ)げられたのです。日没と共に15日が始まるのです。一日の数え方が今日とは異なっているのです。安息日は16日の土曜日です。


・べタニヤ:イエス様の宣教の拠点の一つです。エルサレムから近く、キドロンの谷を越えたオリーブ山の麓(ふもと)にあります。


・1デナリオン:平均的労働者の1日分の賃金です。「300デナリオン以上」はほぼ年収に相当するのです。

・お金:銀貨30枚です(マタイ26:14-25)。この額は労働者のおよそ2~3か月分の賃金と同じです。傷を負った奴隷の価格です(出エジプト記21:32)。ゼカリヤ書11:4-17を併せてお読み下さい。

・ユダに関する記述:

■・・そのとき、十二人の一人で、イスカリオテのユダという者が、祭司長たちのところへ行き、「あの男をあなたたちに引き渡せば、幾(いく)らくれますか」と言った。そこで、彼らは銀貨三十枚を支払うことにした。そのときから、ユダはイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。(マタイ26:6-16)

■さて、過越祭と言われている除酵祭が近づいていた。祭司長たちや律法学者たちは、イエスを殺すにはどうしたらよいかと考えていた。彼らは民衆を恐れていたのである。しかし、十二人の中の一人で、イスカリオテと呼ばれるユダの中に、サタンが入った。ユダは祭司長たちや神殿守衛長たちのもとに行き、どのようにしてイエスを引き渡そうかと相談をもちかけた。彼らは喜び、ユダに金を与えることに決めた。ユダは承諾(しょうだく)して、群衆のいないときにイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。(ルカ22:1-6)

■・・(死者の中からからよみがえったラザロの姉妹)マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。・・(ヨハネ12:1-8)

●一リトラ:約326gです。

・大祭司カイアファ:イエス様はこの人物を厳しく非難されています。裏切り者のユダに注目が集まるのです。しかし、大祭司が犯した罪はユダの比ではないのです。壮大な陰謀がイエス様を十字架の死に至らせたのです。

■再び総督官邸の中に入って、「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。そこで、ピラトは言った。「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い。」(ヨハネ19:9-11)

・バラバ:ローマの支配を打倒するために闘っていた人々のリーダ-であったと考えられています。総督ピラトはイエス様が死刑に当たるようなことをしていないと明言したのです。ところが、祭司長たちと議員たち、民衆はイエス様ではなく、バラバの釈放を求めたのです。ルカ23:13-19を参照して下さい。

(メッセージの要旨)

*イエス様は辺境のガリラヤ地方で安息日に片手の萎(な)えた人を癒(いや)すなど数多くの奇跡を行われたのです。大勢の群衆がイエス様に従ったのです。律法学者たちやファリサイ派の人々はイエス様の影響力の大きさに不安を抱いたのです(マタイ12:9-14)。エルサレム近郊のベタニアでも死んで四日も経っラザロを生き返らされたのです(ヨハネ11:1-38)。出来事に接したユダヤ人の多くがイエス様を信じたのです。この報告を聞いたエルサレムにいる大祭司や祭司長たちもイエス様を恐れたのです。イエス様はエルサレム神殿の境内から「実力行使」によって商人たちを追い出されたのです。神殿政治を担(にな)う指導者たちはイエス様を殺すために謀議(ぼうぎ)したのです(マルコ11:18)。イエス様を逮捕するための機運は熟しているのです。ただ、「祭りの間はやめておこう」と言っていたのです。結局、実行することになったのです。イエス様はかつて12使徒に「わたしがあなたがたを選らんのである」と言われました(ヨハネ6:70)。イスカリオテのユダに財産管理のような重要な任務を与えられたのです。最後の晩餐(ばんさん)ではイエス様の近くに座って(横たわって)食事をしているのです(ヨハネ13:26)。ところが、ユダが指導者たちの陰謀に加担するのです。一方、イエス様の死を確信した女性がいたのです。高価な香油で弔(とむら)いの準備をするのです。弟子たちは意味を理解出来なかったのです。イエス様はこの人の信仰を高く評価されたのです。ご自身は耐え難い試練に遭遇されるのです。

*イエス様は「わたしは復活であり命である」と言われたのです(ヨハネ11:25)。お言葉だけではなく、実際にも死者を蘇(よみがえ)らされたのです。イエス様は「死の支配」を打ち破られたのです。人間の最大の関心事である死の問題が解決されたのです。「力ある業」に接した人々はイエス様に従ったのです。噂(うわさ)を聞いた人々もイエス様を「神の子」として信じたのです。人々は「永遠の命」の希望に生きることが出来るのです。貧しさの原因を知り、それを取り除くために行動するのです。指導者たちは怒りの矛先(ほこさき)が自分たちとローマに向かうことを危惧(きぐ)したのです。人々の変化はエルサレムの指導者たちに決断させたのです。最高法院(サンヘドリン)において対応策が協議されたのです。ローマの介入を回避するのです。ユダヤ民族とエルサレム神殿を守ることに腐心するのです。総督の信任を得て18年間ローマに協力している大祭司カイアファは政情の安定を最優先するのです。「一人の人間(イエス様)が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だと考えないのか」と主張したのです。この日から指導者たちはイエス様を殺すために奔走(ほんそう)したのです(ヨハネ11:45-57)。ただ、密かにイエス様を逮捕しなければならなかったのです。民衆が騒ぎ出さないように細心の注意を払ったのです。指導者たちは焦っていたのです。そのような時、イエス様の動向に詳しい側近のイスカリオテのユダがお金と引き換えに協力を申し出たのです。逮捕は時間の問題になったのです。

*過越祭は神様がイスラエルの民をエジプトの圧政から救い出された(解放された)出来事に由来しています。神様が人々の篤(あつ)い信仰心に応えられたからではないのです。苦しみを御覧になり、人々に憐(あわ)れみを覚えられたのです。神様はそのようなお方なのです。ユダヤ人たちは毎年神殿で小羊を捧げて神様への感謝を表したのです(出エジプト記12:1-30)。過越祭(除酵祭)の時期、エルサレムの人口はディアスポラ(外国に住んでいるユダヤ人)や各地方から上って来た巡礼者たちによって10万人に膨(ふく)れ上がりました。イエス様も伝統に従い特別な祭りにはエルサレム神殿に巡礼されたのです。すでに、祭司長たちやファリサイ派の人々はイエス様の居所が分かれば届け出るようにと命令を出していました。イエス様を見つけて逮捕するための準備をしていたのです。これまで、イエス様を捕える機会は何度かあったのです。しかし、群衆の反発を恐れたのです(マタイ21:46)。人々はユダヤ人指導者たちやローマの支配者たちから解放してくれる預言者の登場を待ち望んでいたのです。イスラエルの民(ユダヤ人たち)は伝統的に「メシア」(油注がれた者)をそのように理解していたからです。イエス様に政治的指導者としての役割を期待したのです。イエス様はおよそ5000人に食事を提供されたことがありました。人々は満腹したのです。イエス様を王として仰ごうとしたのです。イエス様はそれを拒否されたのです(ヨハネ6:14-15)。イエス様への誤解がバラバの釈放を求める要因の一つになったのです。

*イエス様のエルサレム巡礼は祭司長たちや長老たちにとってイエス様を殺す絶好の機会となるのです。ただ、暴動を誘発しては本末転倒になるのです。過越祭のシーズンにはエルサレムの内外に膨大な巡礼者が集まるのです。イエス様の動向を把握することが不可欠です。イスカリオテのユダが情報提供者になることを引き受けたのです。寝食を共にして「神の国」の福音に携(たずさ)わった12使徒の一人がイエス様を裏切ったのです。なぜそのような行為に及んだのかについては様々に憶測されています。お金に執着していたことが記されています(ヨハネ12:5-6)。イエス様が反ローマ闘争に消極的であることに失望していたとも言われています。実際のところは分からないのです。サタン(悪魔)の誘惑に負けたことだけは確かです。ユダは祭司長たちに「あの男(イエス様)をあなたたちに引き渡せば幾(いく)らくれますか」と言っています。彼らは報酬として銀貨30枚を支払ったのです。イエス様は「人の子を裏切るその者(ユダ)は不幸だ(に災いあれ)。生まれなかった方が・・よかった」と言われたのです(マルコ14:21)。使徒ペトロもイエス様から「サタン、引き下がれ・・」と厳しく叱責(しっせき)されたことがありました(マルコ8:33)。サタンは信仰に自信のある人を標的にして罪に陥(おとしい)れようとするのです。イエス様が教えられた「主の祈り」に「わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」があります(マタイ6:19)。誘惑は避けられないのです。祈りがその人を悪から守るのです。

*「神の国」は具体性を備えて到来しているのです。イエス様の「力ある業」を通して、目の見えない人々は見え、足の不自由な人々は歩き、重い皮膚病を患(わずら)っている人々は清くなり、耳の聞こえない人々は聞こえ、死者たちは生き返り、貧しい人々は福音を告げ知らされているのです(ルカ7:22)。ラザロの蘇りはイエス様が「命の主」であり、神様が遣(つか)わされた「神の子」であることを明らかにしたのです。イエス様は民衆の前で律法学者たちやファリサイ派の人々の偽善と不信仰を非難されたのです。エルサレム神殿の腐敗と不正を告発されたのです。搾取(さくしゅ)され、窮乏生活を強いられている群衆はイエス様を熱狂的に支持したのです。指導者たちは暴動化を恐れたのです。イエス様を殺さなければならないのです。イエス様が甦らされたラザロさえも殺そうとするのです(ヨハネ12:10)。「神の国」の到来は民衆にとって「良い知らせ」なのです。ある女性は「イエス様の時」が近づいていることを信仰によって理解したのです。高価な香油を売って貧しい人々に施すよりも、イエス様の埋葬の準備としてそれを用いたのです。この人は普通の信徒です。ただ、信仰心は使徒たちを凌(しの)いでいるのです。イエス様は女性を祝福されたのです。一方、「神の国」の到来は指導者たちに悔い改めを求めているのです。権威と地位を脅(おびや)かし、既得権益を奪い取る「悪い知らせ」となったのです。彼らは「偽りの平和」のためにイエス様を反逆者として処刑させるのです。イスカリオテのユダの罪は真に大きいのです。

2026年03月22日